「お母さん」ってなあに?
子ぞうのポムポムは、動物園で生まれました。
ねる時は、いつもお母さんぞうのふところにだかれてねむっていました。
ふところの中は、ほんわかと暖かく、とても気持ちよく眠りにつくことができました。
ある日、ポムポムは夢の中で、雪の降る寒い北国へ行きました。
ポムポムがまわりを見てみると、「寒い寒い、こごえそうだ。」と怒ってばかりいる人達でいっぱいでした。
ポムポムはその場所に立ち止まった瞬間、寒さにふるえ、おもわず息をとめ、鼻からおもいっきり息を「スウ―」と吸い込みました。
すると鼻の先より星のカケラの帽子をかぶった、沢山の兵隊さんが脚踏みをして通りぬけるように、チカチカ、ジンジンと鼻が痛くなりました。
あまりの痛さに思わずまた息を止めました。
ポムポムの体は、息を止めると同時に真っ赤っ赤に大きくふくらんで、くじらが背中から塩水を噴き出すように、赤いリンゴのようなパンが背からポーン、ポーンと飛び出しました。
そして口から「ふう~」と息をはくと、息は真っ白い雲になりポムポムの横でまあるくただよいました。
ポムポムの背中からとび出したパンは、寒いと不満を言っていた人達が拾い食べ出しました。みんなは、そのパンのほどよい温かさと甘さに「おいしい」「おいしい」と喜んで食べました。そして満足し、ポムポムに「ありがとう」と言いました。
みんなはオレンジ色に光る窓の家にそれぞれ足早に帰って行きました。
ポムポムはそのようすを見て「あ~よかった。」とニコッと笑いました。
(お母さんぞうは、ポムポムがふところからコロンと出ているのを見て、太い大きな長い鼻でポムポムを引き寄せ、ふところの中へつつみ込みました。)
その時、ポムポムが「ニコッ」と笑ったので、「まあ、ねぞうの悪い子だこと」とつぶやきました。)
ポムポムは夢の中で、ニコっと笑ったとたん足の裏がくだけ散ったガラス板がはりついたように痛く感じました。
氷ついた地面は冷たいのに、まるで火の海のようです。
ポムポムは足の裏がやけどして皮がはがれるのではないか―と思いました。
すると、一軒の家のとびらが開いて、小さな男の子がタッタッタと走り寄り、ポムポムの4本の足に毛糸であんだ赤い足袋をはかせてくれました。
(まだ夢の中です)
動物園では、飼育係のおじさんが、チラチラ降ってくる雪の中、動物達の様子を見回っていました。
お母さんぞうとポムポムがねている所も回りに来ました。
干し草の中で三頭は静かにねています。
おじさんは少し肌寒く感じたので、ポムポムの足全体に干し草をふんわりかけてあげました。
飼育係のおじさんは、その作業をして安心してぞうの小屋から出て行こうとしました。
その時、ポムポムの口が横に少しひろがりました。
おじさんは、ポムポムが「ありがとう」と言ってくれているような気がしました。
ポムポムは、夢の中で毛糸のくつ下をはかせてもらって、小さな男の子に「ありがとう」と言いました。
小さな男の子は得意そうに「この赤いくつ下は、ぼくのお母ちゃんが編んでくれたんだよ」といい自分の家へ帰って行きました。
ポムポムはそれを聞いて、お母さんぞうの所へ帰りたくなりました。
ポムポムの横には白い息でできた、ふわふわの雲がただよっています。
ポムポムはその雲に乗りました。
真っ白い雲は、ポムポムをつつみ込むようにのせて「びゅうん」と寒い北国からすべるように飛び出し海に出ました。
海には、大きなゴツゴツした氷のかたまりがたくさんただよっています。
ポムポムは、その流氷の間を新幹線のような早いスピードでくぐりぬけて行きます。
ポムポムの顔や体を、鋭くとがったつばさをもった鳥がつきさしかけぬけていくようです。
ポムポムは必死で雲から放り出されないよう体に力を入れ足もふんばり目をぎゅっとつむりました。
目を開けると、氷の山はもうなくなって、ほほにあたる風もやわらかくなっていました。おだやかな波の海の上をプカプカただよっています。
とび魚の群れがワサワサワサと寄ってきて、ポムポムが乗った雲の真上をビョーン、ビョーンと飛んで行きます。
とび魚が「ポムポムおはよう」と言いました。
「あれ、もう朝なのかな」とポムポムは思いましたが、まだ夢の中でした。
ポムポムの足にはいていた赤いくつ下も、知らない間に消えていました。
白い息でできた雲は消え、あたりを見わたすと、ピンナワラという大地に立っていました。
そこに「ぞうのこじ院」という大きな看板が立っています。
ポムポムは、こじ院に入って行き、走りながら鼻から息をスゥーっと吸い込みました。
鼻を通りぬける空気は、ボョンボョンのまあるいゼリーを吸い込んでいる気がしました。
空気を吸い込むと同時に、ポムポムの体は、うすい桜色に染まりました。
桜色に染まったポムポムを見て、ピンナワラにいた子ぞうたちが「ワア~」と寄ってきました。
ポムポムは吸った息を「ふう~」とはき出しますと桜色の体はもとにもどり、
鼻からは、たくさんの色とりどりのお花が飛び出し宙を舞いました。
お花は、ポムポムの足元に落ちるやいなやさあ~っと地面にひろがり、あたり一面きれいに咲き乱れました。
ポムポムに近づいてきた子ぞうだちも、どんどん広がるお花畑に目をみはり、
「わ~ きれい」「すごいなあ」「とてもいいにおい」と口ぐちに言いました。
ポムポムにたくさんの子ぞうが口をそろえて言いました。
「どこから来たの?」
ポムポムは自分のしている事にびっくりしながら、
「日本の動物園がから来たんだよ。」と答えました。
子ぞうだちはいっせいに、「動物園ってどんなところ」と聞き返しました。
ポムポムは、さくの中で寝起きして、飼育係のおじさんにエサをもらって食べる事、きりん、さる、鳥など、いろいろな動物がいること、たくさんの人間が目をキラキラさせ自分を見に来てくれる事を話しました。
そして、「動物園って、ぼくのお母さんがいるところ」と答えました。
子ぞうたちは「おかあさん」を知らなかったので、「おかあさんってなあに?」と聞き返しました。
ポムポムは少し困って、「お母さんって、ぼくを生んでくれたぞうだよ。ぼくをいつもだっこしてねてくれるぞうだよ。」と答えました。
たくさんの子ぞう達は、「へえ~いいなあ~」と口をそろえて言いました。
ピンナワラの子ぞう達は、お母さんぞうを知らなくて、体を寄せあってねるからです。
ポムポムは嬉しくなって、「ねえ、みんなお花畑でかけっこしよう」と言いました。
子ぞう達は「そうしよう」「そうしよう」といいお花畑の中でかけっこしたり、おにごっこしたりして遊びました。
不思議とお花はたおれてもふみつけられても、また頭をもたげて咲いていました。
遊びながら、ポムポムが目をつむると目の奥が明るい朱色に染まりました。
そっと目をあけると、そこは動物園でした。
「ポムポムおはよう」とお母さんぞうが言いました。
しいんと静かな朝でした。
「ポムポム、雪が降っているよ」とお母さんぞうが身ぶるいして言いました。
ぞうのさくの外は、あたり一面真っ白にかがやいていました。
空からはしんしん、しんしん雪が降ってきます。
ポムポムが生まれて初めての雪でした。
ポムポムは目をみはって、さくの外の雪を鼻でさわろうとかけ出しました。
すると
ツルっとすべってしりもちをついてしまいました。
ポムポムは いっしゅん楽しかった夢を思い出しましたが、ころんだおしりのつめたさと痛さに「ワー」っと泣いてお母さんぞうのふところの中にもどりました。
お母さんぞうはにこにこ笑って、「ポムポム、大丈夫?」といい長い鼻でやさしくおしりをさすってくれました。
ポムポムは、「お母さん、ありがとう」と言って鼻から息をすい込みました。
そして「フウ~」と口から息をはき出しました。
ポムポムの体の色はそのままで口から出た息も少し白く染まりましたが、自然と外気の中に消えていきました。
ポムポムは夢の中でいろいろな体験をして楽しかったけど、動物園のお母さんのそばで一番よかったと思いました。
おわり