えびっちょのお話

作家 北見すみれの作品集です

千里の桜

昔、砥部の千里という道路のわきに

毎年桜の木が枝を いっぱいひろげて それはそれはみごとな桜の花を

咲かせていました。

村の人々は その桜が満開になる頃 どこからともなく 皆よって

お酒を飲んだり ごちそうを 食べたり 世間話をしたりして

その桜の花が散るまで 楽しんでいました。


ある日道路工事の人がやってきて 千里の道路を拡げる作業に取りかかりました。

村の人たちは 桜の木をきらないでほしいと 作業の人に頼みましたが

その願いはかなわず 桜の木は 根元に近いところから 切られてしまいました。

村の人々は残念がりましたが 仕方のないこととして あきらめました。


それから数年たったでしょうか。

ある晩 千里に住んでいる お百姓の吉蔵とやえの家に みなりのきれいな女の人が

小さな赤子を抱いて 玄関先に立っていました。

吉蔵とやえは ここらへんでみたことのない人だったので

「何のごようでしょうか」とたずねました。

 

すると女の人は

「この子に飲ませるおちちが出ないのです。もうしわけありませんが

お米のとぎ汁をいただけないでしょうか」 と言いました。

吉蔵とやえは気の毒と思って お米のとぎ汁を与えました。

女の人は大変喜んで その場を去って行きました。

そんなことが ここ数日 吉蔵とやえの家だけでなく 他の村人の家にも・・・


みぎれいな女の人が赤子を抱いてたずねあるいているという噂が広まりました。

村の人は みんなその女の人がどこから来るのかわからないので不安がりました。

吉蔵とやえも身元を聞かなかったから 不安になりました。

でも吉蔵は はっと思いつきました。

もしかして と思って すぐに、昔桜の木が咲いていた所に行ってみました。


するとどうでしょう。

道路のわきの桜の木があった所から 少し離れた土手に 小さな桜の木が育っているではありませんか。


それを見た吉蔵は 毎日お百姓する間をぬって その小さな桜に

水をあげたり ざんぱんを埋めたりして通いました。

桜の木は毎年毎年少しずつ太く大きくなりました。


そして吉蔵が80歳になった頃には また昔の桜のような

太い大きな桜の木となっていました。

いつしか道路がアスファルトになって 車が走るようになった頃

道路のわきの桜の木はまた昔のように花を満開に開き

町の人々やその近くに住む人達の憩いの場所となりました。

 

いつしか人々はその桜を 吉蔵桜と呼ぶようになり

吉蔵が亡くなった後も 今でも 春になると千里の道路わきに

きれいな花を咲かせているということです。